こんにちは。
表題の件について、このブログの名前に縁がある地域のチームが気になっており、頭の整理を試みます。
連敗が続いているチームを応援していると、SNSのタイムラインはだいたい荒れます。「選手がだめだ」「監督を替えろ」「そもそもフロントが悪い」——自分自身、勝った翌日と負けた翌日で、同じ試合を違う文脈で語っている気がすることもあります。仕事では「まず事実を分解してから打ち手を考える」と言っているくせに、好きなチームのこととなると一番それができていないのはなぜなのだろう、と常々思います。
今回は、フレームワーク——PDCAとOODAという2つのループ——を、スポーツ観戦に持ち込んで考えてみたいと思います。略語の中身は第1章で整理します。
結論を先に言うと、「誰に対する打ち手が有効か」は、プロセスのどこで目詰まりしているかによって変わりますし、さらに言えば「構造的に手が打てない層」もある、という整理になりました。
- 1. 試合の勝ち負けを、2種類のループで分解する
- 2. 目詰まりの場所で変わる「有効な打ち手」
- 3. データが示す、監督交代の本当の影響力
- 4. 一番根深いのに、一番手が打ちにくいレイヤー
- 5. 現時点の整理——ファクトベースで観戦することの意味
1. 試合の勝ち負けを、2種類のループで分解する
この問いに答えるために、まず「試合の勝敗がどういうプロセスの積み重ねで決まっているのか」を整理したいと思います。時間軸で切ると、大きく2つのループに分けられると感じています。
ひとつは、フロントと監督・コーチが回している平時・中長期のPDCAループ(Plan-Do-Check-Act。計画・実行・検証・改善のサイクル)です。
シーズン前の編成(Plan)、1週間の練習や戦術の落とし込み(Do/Check)、試合後の修正(Act)。これは基本的に「試合が始まる前までに終わっている」仕事です。
もうひとつが、主に監督と選手が90分のピッチ上で回している有事・リアルタイムのOODAループ(Observe-Orient-Decide-Act。観察・状況判断・意思決定・実行のサイクル。米空軍ジョン・ボイド大佐が提唱した概念)です。
相手の出方を見て(Observe)、何が起きているかを解釈し(Orient)、交代カードや戦術変更を決めて(Decide)、ベンチと選手がそれを実行する(Act)。こちらは「試合中にしか発動しない」仕事です。
雑に「監督が悪い」と言ってしまうとき、我々は良くこの2つをごちゃ混ぜにして語っているのだなと思い当たりました。どちらのループで目詰まりしているかによって、責任の所在も、有効な打ち手も変わってきます。
余談になりますが、金融機関で働かれている方には、この切り分けは3ラインディフェンス(第1線=営業・現場、第2線=管理・コンプライアンス、第3線=内部監査)の発想に近いと感じられるかもしれません。どの線で何が壊れているかで打ち手が変わる、という構造は共通しています。後半で扱う「フロントの問題」は、ちょうど第2線、第3線の機能不全に近いレイヤーの話になります。
2. 目詰まりの場所で変わる「有効な打ち手」
そこで、試合結果(負け)を「プロセス上のどこでエラーが起きたか」で3つに分けてみました。ここが本題です。
ケースA:監督のOODAが回っていないとき
観戦していて「これはA」と感じるサインは、前半や後半途中までは悪くないのに、終盤に力負け・逆転されるパターンです。試合前の準備(PDCAのPlan)はそれなりにできているのに、試合中に相手が動かしてきた変化に対して、こちら側のベンチがフリーズしている状態。観察と解釈が遅れ、有効な交代も打てず、気づくと試合が終わっている、というあの感じです。
このとき有効な打ち手は、「試合中の修正能力が高い監督・コーチ陣への交代」です。ここは監督交代が機能しうる領域になります。
ケースB:監督・コーチ陣のPDCAが回っていないとき
一方で「これはB」と感じるサインは、毎試合、自チームはボール保持しても前進できないのに、相手にはいとも簡単に前進(ビルドアップ)を許してしまうパターンです。しかも同じ課題が毎週繰り返される。
これは試合中の問題というより、1週間の準備で「負けの要素分解」と「練習での手当」ができていない状態です。戦術が現場に落ちていない、あるいは落としきれるスタッフがいない。打ち手としては、戦術の質を改善できる体制への刷新——つまりこれも監督交代(および強化スタッフの見直し)が有効になりやすい領域です。
ケースC:フロントの「Plan」そのものが崩壊しているとき
ここが本当の問題だと思っているのですが、「これはC」と感じるサインは、一貫性のない監督人事を繰り返し、毎年チームの戦い方が変わる、そしてその失敗に対する経営責任が誰にも問われないパターンです。
このとき、本当に目詰まりしているのは現場のPDCAでもOODAでもなく、そのさらに上にある「クラブ経営そのもののPDCA」です。ここで監督を変えても、3ヶ月後には同じ議論が別の名前で繰り返されます。有効な打ち手は本来「強化体制・経営体制の抜本的な刷新」なのですが——これが一番手が打ちにくい、というのが後半の話です。
3. データが示す、監督交代の本当の影響力
ここで一度、情緒から少し離れてデータを見ておきたいと思います。
スポーツ経済学の古典である『Soccernomics』(Simon Kuper and Stefan Szymanski)などが繰り返し示しているのは、リーグの最終順位は、そのクラブの給与総額(人件費)と非常に強く相関するという事実です。ざっくり言えば、勝敗の7〜8割はシーズンが始まる前の「編成」の段階で決まっている、という身も蓋もない話です。
ただし、ここで誤解したくないのは、「資金力が全てを決める」という話ではない、という点です。
予算規模を大きく上回る成果を出し続けるチーム——いわゆる外れ値(オーバーアチーブ)の存在は常にあります。現場のPDCA・OODAの役割は、この資金力ベースラインに対して「上積み」を作る、あるいは「ポテンシャルからのマイナスを最小化する」ことだと整理できます。7〜8割が編成で決まるなら、残りの2〜3割——そしてそれを超える「外れ値の余地」——が現場の仕事、ということになります。
この視点を借りると、観戦のレッドシグナルがひとつ見えてきます。売上規模や人件費がリーグ上位なのに、順位が下位に沈んでいる状態です。
本来なら選手の質だけで一定のラインに届くはずのチームが、そこに届いていない。これは「編成の歪み」か「マネジメントがポテンシャルに対してマイナス(デバフ)に効いている」かのどちらかを疑うサインになります。
もうひとつ重要なのが、平均への回帰という統計的な現象です。シーズン途中の監督交代直後に成績が上向くのはよく見る光景ですが、スポーツ経済学の研究では、その多くが「極端に悪かった運の揺り戻し」で説明できるとされています。つまり、新監督が来たから勝ち始めたように見えて、実は誰が来ても同程度には上がっていた可能性が高い、という話です。
この2つを踏まえると、「とりあえず監督解任」という短絡的なアクションの射程は、かなり限定的なものになります。
本当に問題が現場のマネジメント(ケースA・B)にあるなら意味はありますが、編成やガバナンス(ケースC)にあるなら、ほぼ気休めに近い結果に終わりやすい、という整理になります。
4. 一番根深いのに、一番手が打ちにくいレイヤー
ここからが、自分が今もっとも薄気味悪く感じている部分です。ケースCのガバナンス不全——これは、構造的に手が打ちにくい領域です。
多くの日本国内クラブは非上場で、親会社にとってもサッカー事業は必ずしも「事業の死活問題」ではありません。つまり、業績改善への強烈な外圧が働きにくい構造になっています。
さらに厄介なのは、負けが込んでも、ロイヤリティの高いサポーターが一定の集客と売上を下支えしてしまう点です。痛みを伴う抜本的改革よりも、「現状維持(小手先の監督交代)」のほうが合理的な選択肢になりやすい——いわゆる茹でガエルのような状態に、構造が自然に寄っていきます。
もう一歩踏み込むと、ここにはエージェンシー問題(代理人と依頼人の利害が一致しないことで発生する構造的なリスク)の要素があると見ています。
親会社から数年単位で出向してくる経営層と、中長期的にチームの成長を望むサポーターの間では、そもそもインセンティブ設計がズレています。短期的に無難な成績で着地させるほうが赴任期間中の個人評価としては合理的で、痛みを伴う構造改革は「任期中のリスク」として先送りされやすい。これは個人の能力や誠意の問題ではなく、その構造に置かれれば誰がやっても同じ選択を取りやすい、という話です。
こう整理してみると、連敗時の「監督を替えろ」という声は、構造的には一番届きやすいレイヤーに圧力が集まっている状態です。本当に動かしたい層(経営・編成)ではなく、動かしやすい層(現場監督)に矛先が向く、ということです。
サポーターとして何ができるか、と考えると、出てくる選択肢は
「スポンサー・株主・親会社に対して経営の可視化と結果責任の明示を求める」
「ファン離脱や満足度低下を実データとして可視化する」
「経営層の評価指標を短期成績ではなく構造指標(編成方針の一貫性・強化体制の持続性)にシフトさせるよう働きかける」
といった、かなり遠回りな手段になります。どれも集団行動コストが高く、すぐに効果が出る類のものではありません。このあたりは本記事の主旨を超えるため、また別の機会に深掘りしたいと思っています(今回は「こういう論点がある」というマッピングに留めます)。
5. 現時点の整理——ファクトベースで観戦することの意味
- 試合の勝敗は「平時のPDCA」と「有事のOODA」という2つのループで決まっている
- どちらが目詰まりしているかによって、有効な打ち手(監督交代か、現場スタッフ刷新か、経営刷新か)は変わる
- 勝敗の大半は編成(資金力)で決まるが、現場のマネジメントは「ベースラインからの上積み」と「マイナスの最小化」を担う
- 連敗時に最も叫ばれる「監督解任」は、ケースAやBでは有効だが、ケースC(ガバナンス不全)ではほぼ対処療法に留まる
- そしてケースCは、国内クラブの所有構造とエージェンシー問題によって、一番手が打ちにくいレイヤーでもある
こう並べてみると、ずいぶん冷めたことを書いているようにも読めますが、自分のスタンスは逆です。この整理をしたかったのは、応援を続けるために、感情の置き場所を整理したかったからです。
負けた翌朝にSNSで「監督解任」と書き込むより、「今の負けはA・B・Cのどれに近そうか」「打てる手と打てない手はどこか」を考えているほうが、結果的にチームを長く見ていられる気がしています。
そして最後に正直なところを書くと
——来週も試合があり、勝とうが負けようが、監督が替わろうが替わるまいが、結局のところ自分はスタジアムなり画面の前なりにいて、また一喜一憂しているのだろうな、と思います。構造の整理と、それでも応援してしまうという事実は、両立させておきたいところです。
スポーツ観戦は、最終的には楽しむためのものですから。
この整理で書けなかったこと:「サポーター側の構造」(可視化要求・離脱圧力・集団行動コスト)については今回ほぼ触れられませんでした。自分自身が当事者として整理できていない領域でもあり、次回以降機会があれば、、、の宿題にしたいと思っています。
長くなりましたが本日はこれまで。
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