こんばんは。 表題の件。
ここ最近、同世代(30代後半〜40歳前後)と話をすると、決まって「このままでいいのか」「自分の市場価値はどこにあるのか」という議論になる傾向があります。
彼らは組織の中核であり、能力不足で悩んでいるわけではありません。しかし、目前に迫る「中年の危機」を予感し、漠然とした閉塞感を抱えている。これを個人のメンタルヘルスの問題として片付けるのは容易ですが、少し視点を変え、これを「労働市場におけるエネルギーの滞留」と捉え直すと、昨今議論されている「賃上げ」や「雇用の流動化」を解決するヒントが見えてくるように思いました。
雑感となりますが、思考の整理として残しておきます。
「47歳の憂鬱」へ向かう下り坂
まず前提として、我々プレ・ミドルエイジ層が抱く閉塞感は個人の資質によるものではなく、統計的な事実として確認されています。
経済学者ブランチフラワーらの研究によれば、多くの先進国において人生の幸福度は「U字カーブ」を描き、およそ47歳〜48歳で底を打つとされています※1。
つまり、30代後半からのキャリアへの迷いは、やがて来る幸福度の底へ向かう「下り坂」の始まりであり、ヒトの発達段階における「仕様」と言えます。
問題は、欧米であればこの下り坂の途中で転職や独立といった「移動」を行い、環境を変えることでソフトランディングできるのに対し、日本の雇用慣行ではそのエネルギーが行き場を失い、40代後半で激突してしまう(メンタル不調や組織への不満)点にあります。
「迷い」を流動性に変える海外事例
この「プレ・ミドルエイジの迷い」を、労働移動の駆動力として機能させている海外の事例が参考になります。
- スウェーデン:TRR(転職支援協定)
労使が資金を拠出して運営する非営利組織。「解雇されても次の仕事が見つかるなら問題ない」という「フレキシキュリティ(柔軟性+安全性)」の考えに基づいています。単なる失業給付ではなく、在職中からのカウンセリングやリスキリング費用が提供され、労働者は「会社にしがみつく」必要がなくなります※2。
- シンガポール:SkillsFuture(スキルズフューチャー)
国民に学習クレジットを付与する制度。特に40代以上(Mid-Career Support)への支援が手厚いのが特徴です。キャリアの中盤を「維持期」ではなく「再構築期」と定義し、国が投資を行っています※3。
いずれも共通しているのは、セーフティーネットが「落下を防ぐ網」のみではなく、「次の場所へ跳ぶための発射台」としても機能している点です。
日本における現実的な「分岐点」
日本において、目前のミドルエイジ・クライシスを回避し、健全な労働移動につなげるためには、以下の2点における仕組みの整備が有効ではないかと考えます。
1. 自己都合退職のセーフティーネット化
現状、自己都合退職における失業給付の待機期間(給付制限)が、転職を躊躇させる要因の一つとなっています。特に教育費や住宅ローンを抱え始めるこの世代にとって、無収入期間のリスクは許容し難いものです。
昨今、リスキリングを要件に給付制限を短縮する動きも一部で始まっていますが、まだ限定的です。キャリアチェンジを目的とした退職であれば、より広範に自己都合であっても会社都合と同等の即時給付や、教育訓練費の上乗せを行うべきでしょう。こうした仕組みがあれば、現職への不適応感が「我慢」ではなく「移動」へと変換されます。
2. 育児休業期間の「テストマーケティング」化
昨今、男性の育児休業取得が増加していますが、同時に「育休中に転職活動を行うこと」への批判的な意見も散見され、SNS等でもたびたび議論の的となっています。雇用保険の目的外利用である、という指摘も一理あります。
しかし、30代後半〜40歳前後は仕事の責任、親の介護、育児が同時に押し寄せる「人生のラッシュアワー」にあります。いきなりの転職がハイリスクであるならば、育休期間を「社外での市場価値を測るテストマーケティング期間」として活用できる仕組みが必要です。
事実、ドイツの育児休業(Elternzeit)では、休業中に週32時間までの就労が認められており※4、雇用主の合意があれば他社で働くことも可能です。また、フランスには起業や事業継承を目的とした休職制度があり、「挑戦してダメなら戻れる権利」が法的に整備されています※5。
日本でも、「育休中は一切働いてはいけない」という硬直的な運用を改め、副業や部分就労を解禁すべきではないでしょうか。
「隠れて転職活動」をするのではなく、「堂々と社外プロジェクトに参加(副業)」し、自分のタグ(値札)を確認する。その結果として移動が起きるのであれば、それは健全な新陳代謝です。
企業側も、裏切りと捉えるのではなく、「アルムナイ(退職者)ネットワーク」を整備し、「外を見てきた人材と緩やかにつながり続ける」という姿勢への転換が求められます。
「一時的な年収減」は、47歳への投資である
もちろん、流動化すれば全員の給料が上がるわけではありません。移動によって、一時的に年収が下がるケースもあるでしょう。
しかし、「この会社以外に選択肢がない」という状態で47歳の底を迎えるリスクと、「いつでも動ける市場価値がある」という状態で40代を過ごす安心感。後者を得るためのコストと考えれば、一時的な年収減は「損切り」ではなく「投資」と捉えることもできます。
間もなく本格化する春闘などの労使交渉においても、単なるベースアップ率の多寡だけでなく、こうした「人が動ける(試しに動いてみることができる)インフラ作り」こそが議論されるべきではないでしょうか。
プレ・ミドルエイジ層が迷い、動き、最適な場所へ収まっていくこと。このダイナミズムこそが、停滞する労働生産性を改善し、持続的な賃金上昇を実現するための現実的な解の一つとなると考えます。
長くなりましたが、本日はこれまで。
参考文献・出典
※1 Blanchflower, D. G. (2020). Is Happiness U-shaped Everywhere? Age and Subjective Well-being in 132 Countries. NBER Working Paper No. 26641.
※2 TRR. Om TRR (About TRR). Trygghetsrådet.
※3 SkillsFuture Singapore. SkillsFuture Mid-Career Support.
※4 Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen und Jugend. Elterngeld und Elternzeit - Das Bundeselterngeld- und Elternzeitgesetz.
※5 Service-Public.fr. Congé pour création ou reprise d'entreprise (Articles L3142-105 du Code du travail).