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うらわの民の金融blog

徒然なるままに約1000文字…金融兵士→コンサル戦士による金融系戯言録

「相続税3兆円」日本の富はうまく分配できないものか?

こんにちは。

表題の件。

先日、日本経済新聞にて相続税に関する報道がありました。地価高騰や課税強化の影響により、税収が3兆円を突破し、その負担が富裕層のみならず一般的な都市部の世帯にも広がりつつあるとのことです※1

一方で、国内の個人金融資産は約2,000兆円に達していますが、その大半は高齢層に滞留しており、市場へ十分に還流していません。「取るべき流動資産(金融資産)が動かず、生活基盤(居住用不動産)への課税負担が増している」という現状は、経済の循環機能に不全が生じていることを示唆しています。

本稿では、この「分配の目詰まり」を解消するためのアプローチと、そこに立ちはだかる「実務的な壁」について、個人的な頭の整理も兼ねてメモとして残します。

1. 労働インセンティブを維持する「給付付き税額控除」

まず、「フロー(所得)」の課題についてです。現役世代は社会保険料の負担増により可処分所得が圧迫されています。これに対し、労働意欲を削がずに支援を行う仕組みとして「給付付き税額控除(Refundable Tax Credits)」が挙げられます。

これは、一定の所得以下の層に対し、税額控除枠が税額を上回った場合、その差額を現金として給付する制度です。

  • 労働へのインセンティブ: 生活保護のように収入に応じて減額されるのではなく、「働けば働くほど総収入(給与+給付)が増える」設計が可能である点(EITC型)が特徴です。
  • 海外での運用実績: 米国国勢調査局のデータ等を参照すると、この制度が貧困対策として機能しつつ、労働市場への参加を促していることが読み取れます※2

マイナンバーと口座紐付けによる所得把握のインフラが整いつつある現在、日本においても導入を検討する余地がある、現実的な選択肢の一つではないでしょうか。

2. 思考実験:相続税から「資産課税(ストック課税)」への転換

次に、本題である「ストック(資産)」の世代間移転についてです。長寿化に伴い、相続が発生する頃には次世代も高齢期に入っている「老老相続」が一般的になっています。資金需要の高い現役世代へ資産が回るタイミングが遅れており、これが経済停滞の一因となっています。

ここで一つの構造改革案として、「相続税の廃止(または縮小)」と、それに代わる「保有資産課税(ストック課税)」へのシフトというアプローチが存在します。

タイミングの前倒しと循環

死後の一括課税(相続税)ではなく、生前の保有資産に対して低率で課税することで、資産の循環を常時促す効果が期待できます。ピケティが『21世紀の資本』で示した「r > g(資本収益率は経済成長率を上回る)」という命題を踏まえれば、フロー偏重の限界は明白であり、資産そのものへのアプローチが必要というロジックです※3

中間層の保護

ただし、前述の日経記事にある通り、地価高騰によって「普通の持ち家」が課税対象となることは避ける視点が求められます。導入にあたっては、例えば「資産数億円までは非課税」といった高額な基礎控除を設定し、生活基盤を守る設計が必要になるでしょう。

3. 資産課税を阻む「3つの現実的な壁」

しかし、資産課税への移行は、理想論だけで語れるほど単純なものではありません。過去、フランスやスウェーデンなど欧州諸国が富裕税を導入しながら、後に廃止・縮小に追い込まれた歴史的経緯があります※4。そこには、以下の「実務的な壁」が存在します。

① キャッシュフロー破綻(流動性の罠)

最大のリスクは、「資産はあるが現金がない」状態です。先祖代々の土地など、評価額は高いが現金を生まない資産を持つ高齢者が、毎年の納税のために住む家を売らざるを得なくなる事態は、実質的な「強制退去」に繋がりかねません。この問題を回避するには、オランダのように納税を死後まで繰り延べる制度など、極めて複雑な設計が求められます。

② 評価と徴税の行政コスト

相続税は「一生に一度」の評価ですが、資産課税は「毎年」全資産を評価する必要があります。不動産、未上場株式、美術品などを毎年誰がどう正確に評価するのか。欧州の失敗例を見ると、徴税のためにかかる行政コストが税収を上回り、制度として割に合わなくなるケースが散見されます。

③ プライバシーと監視社会化

資産課税を厳格に行うには、国家が個人の全資産(預金、証券、不動産、暗号資産など)をリアルタイムで把握・監視するインフラが前提となります。これは金融犯罪対策(AML)の観点からは有効かもしれませんが、プライバシーの喪失という社会的コストをどこまで許容できるか、という議論は避けて通れない論点です。

4. 終わりに:劇薬か、漢方薬か

現在の相続税システムが、資産再分配の機能を十分に果たせていないことは事実と考えられます。しかし、その代替案としての「資産課税」もまた、副作用の強い劇薬となり得る構造を持っています。

  • 現役世代を支えるための「給付付き税額控除」
  • 資産循環を促すための「資産課税」の検討
  • それに伴う「評価コスト」や「プライバシー」の課題

単純な感情論ではなく、これらの副作用(コストとリスク)を天秤にかけた上で、どちらが今の日本にとって機能する制度なのか。冷静なコストベネフィット分析が必要なフェーズに来ているのではないでしょうか。

長くなりましたが本日はこれまで。

 

出典・参考
※1 日本経済新聞「大相続時代、広がる負担の裾野 地価高騰や少子化で税収3兆円超」(2025年)
※2 United States Census Bureau (EITC関連データ), OECD "Making Work Pay" レポート等
※3 Thomas Piketty "Capital in the Twenty-First Century"
※4 OECD "The Role and Design of Net Wealth Taxes in the OECD" (欧州における富裕税廃止の経緯と課題)